最後に、もう一度だけ会いたい-余命を知って依頼した高校時代の学友を探す旅!
こんにちは。全国対応の【総合探偵事務所GriT’s】です。
■ 依頼者の背景|「50年ぶりに、会いたい人がいる」
依頼者は大阪狭山市在住の70代女性。娘さんに付き添われて、当社へ相談に訪れた。
高校卒業後、就職や結婚を機に、クラスの友人たちはそれぞれ全国各地へと散らばっていった。
依頼者自身も、大阪狭山市に落ち着くまでの間、いくつかの土地を経て生活してきた。
「卒業してから50年以上が経った。年賀状のやり取りもいつの間にか途絶えて、みんながどこで何をしているか、全く分からなくなっていた」
そんな中、依頼者に病気が見つかった。
医師から告げられた病状は、楽観できるものではなかった。
「病気が分かった時に、最初に頭に浮かんだのが、高校時代の友人たちの顔だった」
「最後に、もう一度だけ会いたい。それだけが、今の私の願いです」
依頼者が探してほしいと話したのは、高校時代に特に仲の良かった5人の女性の友人たちだった。
「まず1人だけでも見つけてほしい。その人が他の人を知っているかもしれないから」
■ 調査の内容|「50年の空白を辿る」
提供された情報は、高校卒業当時の友人たちの名前と、
うっすらとした記憶の中にある出身地や当時の状況だけだった。「名前は全員分かっている。
でも、結婚して名前が変わっている人もいるはずだから」
調査チームは、卒業当時の名前と出身地を手がかりに、
転居履歴・現在の所在を辿る作業を始めた。
高齢の方を探す場合、結婚による改姓・複数回の転居・ご家族を通じた確認など、通常より丁寧なアプローチが必要になる。
「一人ひとりを、時間をかけて丁寧に辿ることを心がけた」
■ 調査の結果|「1人が見つかったら、全員が繋がった」
最初の1人の所在が確認できたのは、調査開始から数週間後のことだった。
その友人は現在、関西から離れた地域に在住しており、健康状態も安定しているとみられた。
依頼者に報告すると、その友人に手紙を送ることになった。
「50年ぶりの手紙を、どう書けばいいか分からなかったど、ただ、会いたいという気持ちだけを書いた」
最初の友人から快諾の返事が届いた後、その友人が他の友たちとまだ連絡を取っていたことが分かった。
「あの子が、みんなの連絡先を持っていた。50年のブランクを、その子が一気に埋めてくれた」
最終的に、5人全員の所在が確認され、全員と連絡が繋がった。
■ 再会の形|「病院に入院してからも、続いた約束」
連絡が繋がった頃には、依頼者の病状が進行し、入院が必要な状態になっていた。
「直接会うことが難しくなってきた。でも、友達みんなが手紙を送ってくれた」
最初は手紙でのやり取りが続き、その後、友人たちが病院を訪ねてきてくれるようになった。
「全員が遠いのに、月に2回、順番に来てくれるようになった」
病室に届く手紙と、月に2回の友人たちの訪問が、依頼者の入院生活を支えた。
■ 娘さんからの報告|「母の最期の言葉」
調査から約3ヶ月後、依頼者の娘さんから当社へ連絡があった。
「母が、3ヶ月前に亡くなりました」
静かな声で、しかし穏やかに話してくれた娘さんの言葉が続いた。
「母の最期の言葉は、『見つけてくれて、うれしかった。
みんなと話していると、娘に戻った気持ちで、笑いが止まらなかった』というものでした」
「亡くなる直前まで、友達からの手紙を枕元に置いていた、
と看護師さんが教えてくれました」
■ 友人たちへの報告
依頼者のお葬式の後、もちろん友人たちは駆けつけてくれたという。
そのお葬式の後、落ち着いたころに娘さんは友人たちに手紙を書いたという。
「『母の最期を、みなさんに支えていただいた。本当にありがとうございました』と書いたそうです」
「友達5人からは、それぞれ返事が届いて、お葬式の日全員が母のことを泣きながら偲んでくれたと、手紙に書いてありました」
■ 娘さんが最後に話してくださったこと
「母が病気を知った時、最初に友達の顔が浮かんだというのを聞いた時、すごく胸を打たれました」
「家族ではなく、高校時代の友達を。それが母の一番深いころにある気持ちだったんだと思うと、探してあげて良かったと、心から思います」
「あの3ヶ月が、母の人生の中で、一番幸せな3ヶ月だったかもしれない、と今は思っています」
■ まとめ
→ 「最後にもう一度会いたい」という気持ちは、どんな状況であっても実現できることがあります。
→ 1人が見つかれば、その人を通じて他の人への繋がりが広がることがあります。
→ 直接会えない場合でも、手紙というつながりが、大切な時間を作ることがあります。
→ 「いつかではなく、今」が動くべき時です。まずはご相談ください。
