日本海の軍港都市で行方不明になった父を探して——40年間音信不通だった父が、舞鶴の港町のどこかにいた
こんにちは。全国対応の【総合探偵事務所GriT’s】です。
今回は、京都府舞鶴市にお住まいのご相談者様からご依頼いただいた、人探し調査の例をご紹介します。
※個人情報保護のため、一部内容を変更しております。
【人探し調査の実例・感動と切なさが交差する記録】
「京都府の日本海側に位置する舞鶴市。引揚記念館で知られるこの港町で、依頼者の父親が40年前に失踪していた。父を探すよう頼んだのは、余命を宣告された母親だった」
■ プロローグ|「お母さんが、最後に頼んできた」
依頼者は関西在住の50代女性。
母親(70代)が病気で入院し、
余命が数ヶ月と宣告された。
「お母さんが、病院のベッドで言ったんです。
『あの人が、今どこで何をしているか、
知ってから死にたい』と」
「あの人」とは、
依頼者の父親(70代)のことだった。
父親は依頼者が10歳の頃に、
家を出たきり、連絡が途絶えた。
「突然いなくなった。
警察も探してくれたが、
見つからなかった。
お母さんは一人で私を育ててくれた」
「父のことを、恨んでいた時期もあった。
でも、お母さんが最後に会いたいと言うなら、
探さないわけにはいかなかった」
当社への依頼が届いた。
■ 調査の方針|「40年という時間の重さと向き合う」
40年前の住所・氏名・年齢という
最小限の情報から、
調査を開始した。
「40年という時間は、長い。
しかし、丁寧に足取りを辿れば、
現在の所在にたどり着けることがある」
住民票の移動履歴、
年金の受給記録の有無、
かつての勤務先の記録など、
入手可能な情報を全て洗い出した。
「調査の過程で、
父親が失踪後に舞鶴市に移住し、
港町で働いていた時期があることが
確認された」
舞鶴市の港町での聞き込みを進めると、
その名前を知っている人物が見つかった。
「かつて港の仕事をしていた人で、
数年前まで舞鶴に住んでいたと
教えてもらいました」
■ 調査の進展|「父は、舞鶴を出ていた」
さらに追跡を続けると、
父親は数年前に舞鶴市を離れ、
関西圏の別の都市に移住していることが確認された。
現在の所在地が特定された。
「健康状態について、
外見からの確認では、
年齢相応の様子が見られた」
依頼者への報告が行われた。
「見つかりました」
「生きていますか」
「はい」
依頼者は、電話口で
しばらく声が出なかった。
「良かった。お母さんに、伝えられる」
■ 母親への報告と、接触の選択
依頼者は病院のベッドの母親のそばで、
報告書を広げた。
「舞鶴に住んでいた時期があったんですって。
引揚記念館の近くだったかもしれない。
今は別の場所に住んでいる。
元気にしているみたい」
母親は、
点滴の管がつながれた手を
動かして、依頼者の手を握った。
「会いに行きたいか、聞くと、
お母さんは首を横に振りました」
「会わなくていい、と言ったんです。
生きていることが分かった。
それだけで十分だ、と」
「あの人を恨んでいたわけじゃない。
でも、今更会って、
何を話せばいいか分からない。
生きていることが分かれば、
それでいい。ありがとう、と言ってくれました」
■ 母親が旅立った後
母親は、その報告から
2ヶ月後に静かに息を引き取った。
「最後まで、穏やかな顔をしていた。
知ることができて、良かったのだと思います」
依頼者は、父親に会いに行くかどうか、
まだ決めていないという。
「お母さんが会わなくていいと言った気持ちが、
少し分かる気がします。
知るだけで、十分なことが
あるのかもしれない」
「でも、いつか会いに行く日が来るかもしれない。
その時まで、まだ少しだけ時間をください」
■ まとめ
→ 40年以上前の失踪でも、丁寧な調査で現在の所在を確認できることがあります。
→ 「会いたい」ではなく「生きているか知りたい」という気持ちだけで、依頼していただいて構いません。
→ 余命・闘病中の方の「最後の願い」に、私たちは誠実に向き合います。時間が大切です。まずはご相談ください。
大阪・京都・兵庫・奈良・和歌山など関西全域、愛知・岐阜・三重・静岡など東海全域で対応可能です。まずは無料相談からお気軽にご相談ください。私たち総合探偵事務所GriT’sは、ご相談者様の気持ちに寄り添い、安心できる未来のために全力でサポートいたします。
